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ジセダイ総研

騒ぎを起こした旅行者は「さらし者」に 中国、マナー大国への道

高口康太
2016年02月19日 更新
騒ぎを起こした旅行者は「さらし者」に 中国、マナー大国への道

公文書番号20150013号
栄**、男、戸籍所在地:上海。
非文明行為事由:同旅客とその妻は、2015年9月25日に上海から札幌に到着。同地を経由しての沖縄旅行を計画していた。9月26日夜10時、夫婦はホ テル近くのローソンで買い物をしたが、妻が支払い前に食品を食べようとしたため店員に制止され、店内は飲食禁止だと説明された。同旅客は侮辱されたと思い 込み、店員を殴打し鼻と顔を負傷させた。店員は警察に通報。駆けつけた警察により夫婦は「現行犯」の容疑で拘束された。
「国家旅行局による旅行客非文明行為記録管理暫定弁法」第5条の規定により、「旅行客非文明行為記録審査委員会」の鑑定を経て、非文明行為記録入りが決まった。情報保存期限は2015年12月16日から2018年12月15日までとする。

 

 これは、2015年12月16日に中国・国家旅行局の公式サイトに掲載された「観光客非文明行為記録」だ。「文明」とは、中国語で「文化的、道徳的、礼節がある」という意味。「非文明行為」で「マナー違反」くらいの意味である。公式サイトに加え、『人民日報』ウェブ版など大手メディアが転載したため、膨大な数の人間が栄さんの非文明記録を目にしただろう。ちなみに本記事では名前の一部を伏せているが、原文ではフルネームで掲載されている。まさに「さらし者」だ。

 

非文明行為を政府が監視

 この「観光客非文明行為記録」は2015年5月から始まった制度で、「公共交通機関の秩序を乱す、公共衛生・公共設備の破壊、旅行先の風習や民族的習慣に違反、史跡の破壊、賭博・買春」などの行為があった場合に、上述のような形式でさらし者にするという制度である。また各地方政府の担当部局は、マナー違反の旅行者がいなかったか独自に情報収集して国家旅行局に報告することが義務づけられている。
 なお、記録を公表する以外に海外旅行禁止などの罰則は盛り込まれていない。ただひたすらに「さらし者」にするだけである。非文明行為記録の公開期間は最長3年と規定されているが、さまざまなメディアに転載されているので、おそらく一生涯にわたりこの情報はネットに残り続けるだろう。これまでに2回発表され、計16人の非文明行為が公開されている。
 札幌の事件以外だと、

「飛行機の座席を倒そうとして後ろの客と殴り合いに」
「革命英雄の銅像によじのぼって記念写真」
「海外旅行ツアーに参加したが、飛行機遅延に怒って大騒ぎ。現地警察に殴られたなどのデマをネットに流して賠償を要求し、またツアーを離脱して勝手に帰国」
「中国国内ツアーに参加したが、(ツアー旅費以外に)観光地のチケット代を支払うように言われてガイドに茶碗を投げつけた」

といった非文明記録が公開されている。

 

 新華社の特集サイト「文明旅行、拒絶悪習」。(出典

「国家イメージを守るために」独裁国家的啓蒙活動

 先進国では考えられないような「さらし者」制度を、中国はなぜ実施しているのか。中国人の海外旅行が増えるに伴い、海外でのマナー違反行為が次々と発覚した。
 2013年に話題となったのが、エジプト・ルクソールの史跡に「丁某到此一遊」(丁某、参上!)との落書きがあったというニュース。万里の長城など中国の観光地ではよく見かける落書きだが、海外にまで悪習を輸出したあげく人類の貴重な財産を破壊するとは何事か、と大騒ぎになった。なお落書きの人物は「人肉捜索」(ネットユーザーの協力で個人情報を特定すること)で見つかり、謝罪に追い込まれている。
 他にも、2015年9月にはタイで飛行機の遅延にキレた中国人ツアー客が謝罪と賠償を求めて大騒ぎし、即席で横断幕を作り国歌を唱ってアピールする抗議活動を行ったという事件もある。国歌を唱って中国共産党への忠誠をアピールしつつ抗議するというのは中国国内の「維権活動」(権利保護行動)ではよくある話だが、海外でやられると中国政府的にも困るだけだ。
 さらに、事件性はなくとも、「レストランなど公共空間で大騒ぎ、というか声がでかい」「ところかまわずタバコを吸ってはポイ捨て」「ところかまわず痰を吐く」「道路で子どもにおしっこをさせる」といったマナー違反が問題視されるようになった。

 

2015年5月、中山市政府が主催した「文明旅行、私から始めよう」イベント。一般市民の署名を募っている。(出典

 

実は現場を押さえにくいマナー違反

 ちなみに「中国人のマナー違反」は、中国のネットで一大勢力を占める政府批判クラスタにとっては大好物のネタ。「中国共産党の洗脳教育が中国人民の人格まで破壊しているッ!」「中国人(中国語の発音でジョングゥオレン)は横暴な強国人(チャングゥオレン)になってしまった」と嘆いて盛り上がるというのが定番である。
 そのため中国のネットでは、現実以上にマナー違反が増幅されて取り上げられる傾向がある。日本のワイドショーや週刊誌でも中国人のマナー違反は鉄板ネタだが、ほとんどが増幅されたネット情報を紹介するもので、独自にマナー違反の現場を押さえられたケースは少ない。
 例えば、爆買い旋風が吹き荒れた2015年の旧正月には、中国人観光客のマナー違反をカメラにおさめようと、無数の日本メディアが銀座に集結した。しかし、某テレビ局が「歩道で子どもにおしっこをさせるお母さん」を撮ることに成功しただけで、他のメディアは成果もなく、とぼとぼと帰宅するばかりだった。

 

日本人の「迷惑旅行」

 増幅されているとはいえ、中国人のマナー違反があることは事実だ。だが、これもまた「いつか来た道」ではある。

 

恥ずかしい海外旅行者のマナー ヨーロッパ十日間の旅の最後の一夜、パリでのこと。私たちが宿泊するホテルのレストランでの出来事である。 他のツアーの日本人男性が十人程テーブルについていた。三十分くらいたったころ、突然そのテーブルから演歌が聞こえ始めた。ややしばらくして、手拍子を打ち、次々に大声で歌う。レストランには他の外国人観光客も多数食事をしていたが、あっけにとられて眺めていた。そのうちに不快感をあらわにし、食事を中断して席を立つ人もいた。

 

 これは、1981年11月20日付『読売新聞』に掲載された読者投稿だ。今の中国がそうであるように、1970年代から80年代にかけて日本人の海外旅行マナー違反は注目のテーマだった。いくつかの見出しを紹介しよう。

 

「今日の問題 迷惑旅行」(『朝日新聞』夕刊、1974年7月16日)
「変だぜちょっと 米旅行で買い物ばかり 自分の目で観察したら」(『朝日新聞』、1974年2月3日)
「パリでまた“迷惑” 「飛び降りる」ホテル大騒ぎ 日本人観光客」(『読売新聞』、1975年1月25日)
「マナーが問題 海外旅行」(『朝日新聞』夕刊、1979年5月11日)
「海外旅行いま過渡期 目的旅行増えたが、マナー不足」(『読売新聞』、1984年8月19日)

 

 中国人から「民度高すぎ!」とたたえられる日本人(これも政府批判のための自国民下げネタとして使われている側面があるのだが)も、ほんの20年ちょっと前までは似たようなものだったというわけだ。

 

1981年4月2日付『読売新聞』夕刊に掲載された広告。 

なぜ日本は「マナーすごすぎの国」となったのか

 中国の友人からは、「なぜ日本人は変わったのか? マナーが身についたのか?」とたびたび質問されるのだが、なかなか回答は難しい。問題があったことは記録に残されていても、問題が解消されたことは記録に残らないからだ。個人的な仮説としては以下の4点がある。

(1)ニューカマーはいつも叩かれる
新たに登場した人々は叩かれやすい。海外旅行の世界では日本人、韓国人、中国人と目立つニューカマーが変わっていった。

(2)ひどいマナーは集団心理の産物
マナー違反の問題で槍玉にあげられる人は多くがツアー旅行客。自国民で固まっていると気が大きくなって、はしゃぎすぎたりやらかしたりしてしまう。旅行市場の成熟に伴い個人旅行にシフトすると、やらかす旅行客も減っていく。

(3)進学率の向上
学歴でマナーが変わるとは差別のように思われるかも知れないが、そもそも学校教育とは決まった時間に学校に行き机に座り話を聞くという規範を叩き込む側面がある。

(4)政府やメディアの啓発活動
中国のような「さらし者」はないにせよ、旅行客の迷惑行為は大きく報道された。また、政府もマナー向上のキャンペーンをはり、啓発活動に努めていった。

 人口規模的に中国人以上に目立つ存在があらわれるとは思わないが、それ以外の項目はいずれも中国でも今進行中の事態である。しかも、一党独裁の中国において政府・メディアの啓蒙活動の強力さは日本の比ではない。非文明行為記録以外にも、啓蒙アニメを制作したり、出国者にパンフレットを配ったりとさまざまな活動が行われている。
 そのパンフレットが面白い。「公共の場で鼻をほじるな、タバコのポイ捨てをやめましょう、トイレは使ったら流しましょう」という基本的なことが懇切丁寧に書いてあるケースがほとんどだが、時に「各国のタブーに配慮しましょう。日本では食事中に髪の毛を触るのはタブー。オランダではコーヒーをなみなみとついではいけません。スペインではイヤリングをしていないと全裸扱いされる」といった不思議な記述もある。

 

外国人観光客でにぎわう大阪市の黒門市場。
台湾南部地震犠牲者に対する追悼メッセージも張り出されている。

爆買いもマナー違反も一過性の現象

「中国は20年前の日本と同じ」と断定するつもりはないが、こと「海外旅行とマナー」に関しては、よく似た経路をたどっていることは事実だろう。中国は国土も広大で文化も様々。さらに所得格差も激しい。まさに多様な人々が住む国なのだ。そのすべての人々の意識を変えるには途方もない時間と努力が必要となる。
 もっとも、「さらし者」に代表されるように、独裁国家の権力を使って強烈な啓蒙活動を続けるなど、かつての日本以上の力を注いでいる面もある。あるいは20年後、中国は「マナーすごすぎの国」となっているのかもしれない。
 すくなくとも5年前と比べて、今日本に来ている中国人観光客のマナーが飛躍的に向上していることは実感する。メディアはついつい面白い側に流れがちで、「中国人のマナー違反がこんなにひどい!」といった切り口のニュースが流れやすい。だが現実は変わりつつある。
 かつては日本人こそが爆買い王であり、旅行にいってはお土産やらブランド品やらを買いあさっていた。それが今では成熟してより落ち着いた旅行を楽しむようになった。いい話ではあるが、受け入れ国にとっては一人当たり消費額が下がって残念な側面もある。中国人の旅行もまた成熟し、マナーがよくなると同時に一人当たりの落とすお金は減っていくだろう。
 爆買いもマナーが悪いのも、一過性の現象に過ぎない。長期的に中国人旅行客という存在を考える必要がある。マナーは必ずよくなり、今のような特需もいずれは落ち着く。「民度が低い」などと中国人を馬鹿にしていると、いざ中国人旅行者が成熟した時に、日本は旅行先としての魅力を失っているのではないか。その意味で、爆買い中国人を批判する近年の論調に危惧を覚えている。

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ライターの紹介

高口康太

高口康太

翻訳家、フリージャーナリスト 1976年、千葉県生まれ。千葉大学博士課程単位取得退学。独自の切り口で中国と新興国を読むニュースサイト「KINBRICKSNOW」を運営。豊富な中国経験と語学力を生かし、中国の内在的論理を把握した上で展開する中国論で高い評価を得ている。

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ジセダイ総研 研究員

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