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続・江戸しぐさの正体

第16回:NPO法人江戸しぐさの主導者・桐山勝

2016年02月24日 更新
第16回:NPO法人江戸しぐさの主導者・桐山勝

 百万都市・江戸の人々は、「傘かしげ」「肩引き」「こぶし腰 浮かせ」といったしぐさを身につけることにより、平和で豊かな生活を送っていた。しかし、幕末に薩長新政府軍によって江戸市民は虐殺され、800とも 8000とも言われる「江戸しぐさ」は断絶の危機に瀕した……。

 このような来歴を持つ「江戸しぐさ」は、現在では文部科学省作成の道徳教材にまで取り入れられるようになった。しかし、伝承譚の怪しさからも分かるように、「江戸しぐさ」は、全く歴史的根拠のないものなのである。

 実際には、1980年代に芝三光という反骨の知識人によって「発明」されたものであり、越川禮子・桐山勝という二人の優秀な伝道者を得た偶然によって、「江戸しぐさ」は急激に拡大していく……。

 この連載は、上記の事実を明らかにした「江戸しぐさ」の批判的検証本『江戸しぐさの正体』の続編であり、刊行後も継続されている検証作業を、可能な限りリアルタイムに近い形でお伝えせんとするものである。

「江戸しぐさ」の虚構性を把握していた桐山勝氏

『江戸しぐさの終焉』執筆過程で改めて浮き彫りになったのが、「江戸しぐさ」史における、桐山勝氏(1944~2013)の存在の大きさである。
 桐山氏は、日本経済新聞系列のメディア各社で活躍、NPO法人江戸しぐさ立ち上げの時には副理事長に就任、後に理事長となった人物である。
 桐山氏の理事長就任にともなって、それまで理事長だった越川禮子氏は名誉会長になったわけだが、これは越川氏を名誉職に据えることでそのカリスマ性を生かしつつ、理事会における実務を自ら取り仕切ろうとする桐山氏の思惑による人事だったと思われる。
 桐山氏の「江戸しぐさ」に関する著書としては『人つくりと江戸しぐさ おもしろ義塾』(越川禮子氏との共著、2009)、『豪商と江戸しぐさ 成功するリーダー列伝』(2010)、『江戸しぐさ事典』(越川禮子氏監修、2012)がある。
 『人つくりと江戸しぐさ おもしろ義塾』『江戸しぐさ事典』は「江戸しぐさ」に関する記事と実際の近世日本文化に関する豆知識とを混交して収めることにより、「江戸しぐさ」の虚構性を隠蔽する性格の書籍であった。
 『豪商と江戸しぐさ 成功するリーダー列伝』は江戸時代の大商人の逸話や江戸時代の教訓書からの引用を集めた本で、「江戸しぐさ」があたかもそれらと関係あるかのように言い募る本である。
 どうやら桐山氏は「江戸しぐさ」の虚構性を明確に把握しており、それを意図的に隠蔽しようと努めていたようである。

 

在りし日の桐山氏(出典)。 

 

芝三光の経歴をごまかす

 桐山氏は芝三光の経歴を語るにあたっても、その怪しげな箇所をいかにごまかすかに腐心している。
桐山氏がNPO法人江戸しぐさHPにアップした文章によると、芝は1922年生まれで、戦後はGHQで情報収集のスタッフとして働いたという。

 

余談だが、当時、GHQ の情報機関の主な仕事は検閲だった。日本語の分かる日系二世のトップの下に、日本人スタッフがついた。その数、6,168人(1947年3月、うち日本人は5,076人)。報酬は皮肉なことに日本の国家予算から支払われた。
言論の自由とは名ばかり。占領政策に対する批判をチェックするもので、マッカーサーGHQ最高司令官の占領政策を影で支えた。個人の手紙はむろん、新聞、雑誌、ラジオなどのマスコミもすべて検閲を受け、統制された。
したがって、この部署で働いた人々は世間をはばかって、自分が働いていたことを隠している人が多い。
(NPO法人江戸しぐさHP「祖父は江戸講の講元」)

 

 しかし、『江戸しぐさの終焉』で指摘した通り、越川禮子氏は芝の実際の生年が1928年であることを把握していた。では、越川氏から芝の実際の生年を確認できたはずの桐山氏は、どうしてあえて誤った生年を記したのか。
 それは、芝とGHQの関わりを、単なる学生のバイトではなく正規の職員としての業務として語るためだろう。
 しかし、そのために(1928年生まれならば)戦時中にすでに青年だったはずの芝が、終戦前は何をしていたかを語りようがないという欠落も生じている。
 このように、桐山氏の「時代考証」なるものは、ある箇所でつじつまを合わせるため、別の箇所で新たな矛盾を生じさせるような類のものであった。

 

 桐山氏が編集に加わった『江戸しぐさ事典』。

ヘレン・ミアーズとの附会

 桐山氏は、先述の引用でGHQ検閲者の履歴秘匿について語っているのは興味深い。
 これは芝がGHQで情報収集のスタッフとして働いていたという桐山氏の主張について裏がとれないことへの言い訳になっているからである。
 桐山氏はGHQ勤務時代の芝の上司についての推測も述べている。

 

 残念ながら上司の名前は明らかになっていない。  この上司は帰国後の一九四八年に、『アメリカの鏡・日本』を出版、日本弁護論を展開したが、マッカーサーに発禁処分を受けたヘレン・ミアーズと見られる。ミアーズはGHQの諮問機関「労働政策11人委員会」に属し、戦後の日本の労働基本法策定に大きな役割を果たしたことで知られる。 (『江戸しぐさ事典』352頁)

 

 諮問機関にすぎない労働政策委員会の一員が、検閲に携わる情報機関のスタッフの上司になるというのはかなり特異な人事である。桐山氏は、GHQの関係者でありながら日本擁護論を著したということで現在の日本国内の保守層の評判がいいミアーズを拾ってきて、芝と結びつけただけだろう。
 ちなみに、ミアーズの著書の発禁処分というのは占領下日本での翻訳・出版が禁じられたという意味であり、アメリカ本国では特に処分されたことはない。日本国内でも、著者と親交があった研究者は献本を受けていた。

 

GHQという「伝奇」

 1969年から1971年にかけて発覚した一連のプロ野球八百長問題は当時、マスコミから「黒い霧」と呼ばれた。
 これは松本清張(1909~1992)によるベストセラー『日本の黒い霧』(1960)にちなんだものである。
『日本の黒い霧』は昭和20年代の日本で実際に起きた未解決(と清張が見なした)事件について独自の推理を試みるもので、清張の推理を裏づける決定的はないが、その証拠の不在は最終的にはGHQによる情報秘匿によって説明される。
 すなわち清張の言う「黒い霧」とは、GHQの情報秘匿を意味するものであった。
 桐山氏もまた、芝の戦後における履歴をその「黒い霧」で覆って見せたわけである。
 清張という作家の特質はリアリティで説明されることが多いが、私はむしろ、それは小説とノンフィクションに共通してみられる伝奇性にあると見ている。
 その伝奇性がGHQに投影されたものが「黒い霧」というわけだが、桐山氏が語る芝の過去もまた伝奇的要素をはらんだ物語となっている。

 

桐山氏の研究者批判は見当外れ

 桐山氏は、芝の履歴に対する工作や、「江戸しぐさ」を実際の江戸時代に附会するだけでなく、江戸風俗研究の大家であった三田村鳶魚への批判も行っている。

 

当世、一般に流布している江戸っ子像は落語に登場する「八っつぁん、熊さん」や浪曲の「森の石松」あたりのものが多い。しかし、実際には、この江戸っ子像は1933(昭和8)年以降に発行された三田村鳶魚の著作に影響されたものだ。妥当とはいえない。鳶魚は町人嫌いの旗本からの取材が多く、文献上の考証がやや甘いとされる。 (NPO法人江戸しぐさHP「江戸っ子第一世代」)

 

 三田村鳶魚(1870~1952)の「江戸っ子」論の見方が一面的で「江戸っ子」の全体像を見据えていないという批判は、近世文化研究の立場からすでになされてきたところである。たとえば、西山松之助『江戸ッ子』(吉川弘文館、1980)や、田中克佳「「江戸っ子」の人間像とその実体」(『哲学』第109集所収、慶應義塾大学、2003年3月)がその代表であろう。
 鳶魚は、実際に江戸の世に生きたことがある人たちの聞き書きや、江戸時代の随筆などから当時の文化を復元する学風だった。したがって、一次資料重視の学者からすれば「文献上の考証が甘い」という批判を受けてもおかしくはなかった。
 しかし、桐山氏が奉じている「江戸しぐさ」は、考証が甘いという以前に裏づけとなる文献がまったく存在しない代物である。
 桐山氏は鳶魚の考証について「甘い」などと言える立場ではない。

 

桐山氏の死去とマスコミへの影響力喪失

「江戸っ子」のイメージについてはさておくとして、鳶魚が聞書きや江戸時代の文献から復元した江戸文化と「江戸しぐさ」の世界はあまりにも異なっている。桐山氏は鳶魚を否定することで「江戸しぐさ」の世界を守ろうとしたものだろう。
 桐山氏は「江戸しぐさ」の虚構性を認識しているがゆえにその弱点も把握し、それを糊塗するための対策を練っていた。
 『江戸しぐさの終焉』には、前著『江戸しぐさの正体』出版以降の「江戸しぐさ」問題に対する社会的反応も収めた。しかし、意外なことに、NPO法人江戸しぐさを初めとする推進団体からの批判はほとんどなかった。そして、推進団体は分裂し、弱体化の道を辿っている。
 桐山氏が存命ならば、前著が出た時点でその文才を生かし、あるいはマスコミへの影響力を行使して何らかの対処を行なっていたのではないか。そうすれば、「江戸しぐさ」問題は現状とは異なる展開になったかも知れない。
 桐山氏を失ったことは、NPO法人江戸しぐさにとって、大きな痛手であったと思われる。

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ライターの紹介

原田実

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歴史研究家。1961年生まれ、広島市出身。龍谷大学卒。八幡書店勤務、昭和薬科大学助手を経て帰郷、執筆活動に入る。元市民の古代研究会代表。と学会会員。ASIOS(超常現象の懐疑的調査のための会)メンバー。日本でも数少ない偽史・偽書の専門家であり、古代史に関しても造詣が深い。近年は旺盛な執筆活動を行っており、20冊を超える著書がある。主著に『幻想の超古代史』(批評社)、『トンデモ偽史の世界』(楽工社)、『もののけの正体』(新潮新書)、『オカルト「超」入門』(星海社新書)など。本連載は、刊行後たちまち各種書評に取り上げられ、大きな問題提起となった『江戸しぐさの正体教育をむしばむ偽りの伝統』(星海社新書)の続編である。

ブログ:http://www8.ocn.ne.jp/~douji/

続・江戸しぐさの正体

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