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HOME > 新人賞 > 新人賞投稿作品 > 29歳のなつやすみ ~島根合宿免許紀行~

新人賞投稿作品

29歳のなつやすみ ~島根合宿免許紀行~

八鷹名付
2014年12月25日 投稿

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あなたと、そして、教習に挑む120万人に送る、ある夏の旅の記憶

カテゴリ

紀行・旅行

内容紹介

 毎年120万人に交付される国家資格「普通自動車免許」。



 多くの方は、何も知らないまま書類にサインし、生まれて初めてアクセルを踏むその日、自動車学校が如何なるものかを思い知らされます。



 この作品は、免許取得に至るまでの過程を、或いは、そも教習とは如何なるものかを、自動車学校に入校するその前に知っておきたいという方に贈る「合宿免許」体験記です。



 学科教習、技能教習、各種試験の詳細と分析。孤独、恐怖、感動、合宿生活中の心情や葛藤。そして、合宿中の観光の限界に挑み神々の故郷「島根」を巡った総移動距離500キロメートルに及ぶ旅。



 教習から、観光まで、「合宿免許」と「島根」を完全攻略。

目次案・語りたい項目

紀行0日目 「旅の支度」
紀行1日目 「彼方の朝」
紀行2日目 「城下へ」
紀行3日目 「夏の地図」
紀行4日目 「鬼門」
紀行5日目 「石兵八陣」
紀行6日目 「時を奪うもの」
紀行7日目 「冥界と賢人」
紀行8日目 「瑠璃と工房」
紀行9日目 「試練」
紀行10日目 「完全なる自動車学校の日」
紀行12日目 「自己暗示」
紀行13日目 「スサノオとイナタヒメ」
紀行14日目 「青い海と青い光」
紀行15日目 「鋼の里」
紀行16日目 「予定調和」
紀行+0日目 「夏の湖道」
紀行+1日目 「自転車と船」
紀行+2日目 「帆船の夜」
紀行+3日目 「29歳のなつやすみ」

書き出しの第1章

 本意ではないが、遺言に従う形になってしまった。

 祖父が亡くなった。二〇一三年の晩春のことである。
 最後に言葉を交わしたのは年明け。最後に会ったのは亡くなる一週間前だった。体調が思わしくないことは、顔色や体形の変化から察してはいた。それでも、祖父の死は突然のことのように感じられた。「まだ時間はある」と思いたかったからかもしれない。
 いずれにせよ、不肖の孫は何も返すことができなかった。何も告げることができなかった。祖父は器用な人間ではなく、私もまた器用な人間ではなかった。
 祖父は私によくしてくれた。定職に就かず、社会から逸脱した存在である私であっても、訪ねれば温かく迎えてくれた。
 私の将来を案じる手紙を幾度となく寄越してもくれた。だが、私は手紙を返すことはしなかった。何を言っても、何を書いても、それが現実にならなければ嘘になる。そして、何より、私が望む生き方を否定されることが怖かった。ただ行動と結果を以て応える。そのために、一歩ずつ歩いていくことしか、私にはできなかった。そうするしかなかった。
 祖父は生前、事あるごとに「免許を取りに行け」と私に言っていた。私はそれを聞き流していた。私にとって、自動車は絶対に必要なものではなかったからだ。
 私は幼い頃から、自転車に乗ることが好きだった。成長と共に走ることができる距離は長くなり、より遠くを目指すようになっていった。ロードバイクと呼ばれるスポーツタイプの自転車を手に入れてからは、片道20キロメートル程度であれば、散歩する気分で移動できるようになり、自動車を手に入れる必要性をより感じなくなっていた。
 近場であれば自転車を使えばいい。遠出をする時は電車を使えばいい。大きな買い物はネット通販を使えばいい。私にとって、自動車は絶対に必要なものではなかった。休日であっても、平均して1時間に7本以上の列車が上下する駅の沿線で生まれ暮らしてきたということもあるだろう。
 嗜好や環境だけではない。経済的な事情もあった。免許を取り、車を買うことになれば、少なくない経済的な負担が発生することになる。払って終わる自動車そのものの購入費はともかく、自賠責保険、任意保険、自動車重量税、自動車税、車検費用、免許の更新費用、燃料費など、自動車を所有することで、強いられるであろう数々の維持費は、私に免許の取得を躊躇わせるに充分過ぎるものだった。
 私にとって、自動車の購入と維持は現実的に困難であり、また、自動車の購入はしないが、とりあえず、免許だけは取得しておこうという考えを理解することもできなかった。
 さらに、友人達との旅行中に高速道路上での自動車事故を当事者の一人として経験したことで、私の中で自動車は、より遠くの忌避すべき存在となった。
「免許を取れば、世界が変わる」
 生前の祖父はそう話していた。本気でそう考えていたか、或いは、資格を取得するという過程において、社会不適合者である私がどうにかなる切欠になればと考えていたかは、定かではないが、とにかく、そう話していた。
 祖父の言葉の全てを否定はしない。世界が変わる人もいるだろう。だが、私の行動半径が変わることがないことも、そして、私自身が変わることがないことも、私には解っていた。車のあるなしは関係ない。行きたい場所があれば行く。私はそういう人間だという自負があった。
 では、何故、"29"という齢に至って、免許の取得を決意したのか。結論から言えば、逃避に他ならない。
 私は追い詰められていた。やりたいこと、やるべきことに迫られながら、しかし何者にもなれず、過ぎていく時間に怯えながら、日々を送っていた。
 全てを放り投げて自由になりたかった。日常から解放されたかった。その手段として考え至ったのが、合宿による免許の取得だった。免許取得以外のことをやらなくていい16日間の猶予を手に入れる。免許を取得するために、仕方なく他のことを休んでいるのだという免罪符を手に入れる。それが、それだけが合宿参加の目的に他ならなかった。だから、地元の教習所に足繁く通い、免許を取得するなどという選択肢はありえなかった。
 祖父の遺言だから、仕事の幅が広がるから、トラウマの克服に繋がるから、あれやこれやと、それらしいことを列挙することはできる、だがそんなものは全て取り繕っているだけに過ぎない。
 私は免許が欲しいとも、自動車を運転したいとも考えていない。欲しかったのものは、自由と解放に他ならない。

 それが全てだった。

■紀行0日目 「旅の支度」

 旅立ちの日。午前中は、荷物の確認に追われた。最低でも16日間の長旅ということもあって、荷物はそれなりの量になっていた。備えあれば、憂いなしの方針で、あれやこれやと詰め込んだが、振り返ってみれば、全く使わなかった物も多くあった。次の旅がいつになるかは解らないが、「過ぎたるは及ばざるが如し」を教訓として胸に刻んでおきたい。
 荷物は大別して、バックパック、スーツケース、三脚、ロードバイクの4つだった。
 スーツケースには、自動車学校に宅急便で送ることを前提とし、移動中には必要にならないであろう、衣類、生活用品、ノートパソコンを詰め込んだ。大きくもなく小さくもないスーツケースは、長期旅行で使うには少し物足りないサイズだったことは事実であるが、それでも、衣類だけで一杯になってしまったことは誤算だった。
 洗濯は面倒以外のなにものでもない。できるだけ洗濯の回数を減らすことで時間と手間を節約したいという思惑があった。そのため、一週間分を最低限と考え、シャツ、パンツ、下着、靴下など、衣類を選別した。加えて、いざという時のためにと、夏場であるにも関わらず、ロングのアウター、インナーまで詰め込んだのは、正に余計だった。一枚一枚は軽く薄くても枚数があれば、それなりに嵩張ってくる。とりあえず入れておくではなく、もう少し慎重に取捨選択をすべきであったと反省している。
 とにかく、衣類の隙間に髭剃り、歯ブラシなどの生活必需品を捩じ込み、バスタオルに包んだノートパソコンを蓋の裏に縛り付けて、スーツケースの鍵をかけた。その後、宅配便業者に集荷を頼み、往復宅急便で自動車学校宛に荷物を送った。往復宅急便は、同じ荷物を往復で発送することを確約することで、送料が少し安くなるというサービスである。塵も積もれば山となる。お金のない私にとって、節約は豊かに生きるための術である。
 バックパックは、登山用の大型バックパックを使うことにした。容量は60リットルあり、スーツケースに詰め込む予定だった電化製品の各種電源アダプターをどっさりと入れても、かなりの余裕があった。だが、容量が大きいということは、長所であり短所だ。ホテルに到着するまではいいが、自動車学校での生活、滞在中の観光に使うには、どう考えても場違いな大きさなのである。
 考えあぐね、至ったのは、大型のバックパックの中に、小型のバックパックを入れて持っていくという案だった。大型のバックパックの中に、小型のバックパックを入れ、その中にビデオカメラを入れたウェストバッグを入れた。バッグのマトリョーシカである。バックパックのサイドストラップに三脚を縛りつけ、手荷物と呼ぶには大きすぎる手荷物の支度は終わった。
 ロードバイクをどうするか、それがこの旅で最初に問題になった問題である。乗車予定の高速バスに載せていく予定だったのだが、前日に電話で問い合わせたところ載せられないとの回答があった。以前は、輪行バッグ(自転車用の収納袋)に入れてさえあれば載せられたはずだが、運行方針の転換があったようだ。
 前輪後輪を取り外しても自転車は自転車、それなりに大きいため通常の宅急便では発送ができない。また、自動車学校がある島根県までは距離があるため、ある程度の運賃を覚悟しなければならなかった。往復でざっと1万円である。
 こうなると、とりあえず、持っていくという話ではなくなる。あれば便利であることは言うまでもないのだが、果たして梱包や発送に掛かる労力と支払う運賃に見合うだけの活用ができるか、この時点では答えを出すことができなかった。
 自動車学校周辺の交通事情。宿泊するホテルの場所。教習の予定。何も解らないのだから、どうしようもない。材料がなければ答えは出せない。私は判断を保留し、自動車学校に着いた後、必要があれば家族に発送を頼むことにした。
 荷物の確認を午前中に終わらせ、午後は穏やかな時間を過ごした。自動車学校がある島根県松江市に向かう高速バスの発車時刻は21時30分。良くも悪くも時間には余裕があった。期待と不安が綯い交ぜになった悶々とした時間を過ごした。とは言え、やはり期待が強かったからか、不快な時間ではなかった。

 ◇

 20時に自宅を出て最寄りの駅へと向かい。21時を過ぎる前に高速バスの発着場があるJR横浜駅のホームへと降りた。駅前では、ストリートミュージシャンが演奏を行っていた。時間には余裕があったので楽しませてもらおうと足を止め壁に背を寄せた。路上ライブも、夜の街の雑多な空気も嫌いではない。ただ煙草は少し苦手だった。ストリートミュージシャンを囲む人々、その殆どが煙草を吸っていた。最近では、どこか懐かしくさえ感じられる光景だ。
 演奏が終わると間もなく、ストリートミュージシャンたちは、その場を離れ始めた。まだ夜は始まったばかりなのにと首を傾げていると、聴衆の中にいた一人の老人がストリートミュージシャンに、私の疑問を投げかけてくれた。ストリートミュージシャンは困ったような嬉しいような顔をして、21時以降の路上演奏を禁止する条例あることを説明をした。
 行政もつまらないことをすると感じる一方で、周囲に転がる煙草の吸殻をみると応援する気持ちは少し損なわれてしまう。
 偉そうなことを言うつもりはない。そも、私は誰かに何かを言える立場の人間ではない。全てが彼らの責任ではないことも解っている。だが、それでも彼らにはできることがあるような気がした。しなければならないとか、そういうことではない。転がる煙草は彼らにとってチャンスであるように思えた。それだけだ。
 人と音が去り、気づけば時間が迫っていた。バックパックを背負い直し、高速バスの発着場へと小走りで向かった。

 ◇

 宿となる高速バスは既に止まっていた。以前にも同じ会社の高速バスを利用したことがあったので、それだと一目で解った。バスの外で受付をしている乗務員に名前を告げ、席の番号を受け取る。貴重品とビデオカメラが入った小型のバックパックを抜き出し、少し軽くなった大型のバックパックをトランクに置いた。
 荷物の番号札を受け取り、バスに乗り込む。車内は既に満席に近い状態だった。淀んだ空気から、だるさが伝わってくるように感じられた。通路側の席に座り、ポケットに入っていた財布や携帯電話をバックパックに放り込んでいると、間もなく、隣席の客が現れた。
 席の間違いを指摘され、謝罪し、慌てて窓側の席に移った。気まずい。前後に窮屈だった席が、左右にも窮屈になってしまった。
 早く寝てしまおうと考え、バックパックの中を探った。だが、探しているものの手応えは、どれだけ弄ろうとも掴めない。ため息をつき、車内泊に備えて、あらかじめ購入しておいた空気首枕を忘れたことを認めた。幸先は良くない。
 間もなく、バスは動き出し、それから、あれやこれやの注意を促す車内放送が終わると、車内は静けさに沈んだ。
 だが、深い眠りにつくことはできなかった。想定していたことだ。私は寝付きが悪い。特に、自室以外で眠ることは極めて不得意だった。
 定期的にやってくるサービスエリアの休憩で、夜の空気の清涼さ、或いは、両の手足を伸ばすことができる幸福といった、高速バスに乗らなければ経験できない快感を享受しつつ、まどろみながら時が過ぎるのを待った。

応募者紹介

八鷹名付さん

【来歴】
大学を中退後、ゲームの批評コンテストで入賞したことをきっかけにゲームライターとなる。その後、バーテンダー、覆面調査員などの仕事をしながら、競輪選手を目指すも挫折。バーの倒産を機に、職業訓練施設に入校。同校の修了直後、ビジネスコンテストで賞を勝ち取るも、就職には結びつかず社会の「壁」を実感。その後、ゲーム制作会社にディレクターとして入社するも、クリエイティブな仕事の「現実」を直視し、早々に退社。現在は在宅で仕事をしながら、あれこれ創ったり、挑んだり。
【受賞歴】
4Gamer.netレビューコンテスト 大賞受賞
イオンのビジネスコンテスト2013 AEON賞受賞

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