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HOME > 新人賞 > 新人賞投稿作品 > AKB=プロレス=皇室論 ジョーシキに染まったアンチAKBへの宣戦布告

新人賞投稿作品

AKB=プロレス=皇室論 ジョーシキに染まったアンチAKBへの宣戦布告

高橋 慶介
2013年10月05日 投稿

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今や1つのジャンル、文化の名前と言える「AKB」 その現象を不思議に思っている多くの国民に向けたAKB論であり、プロレス論。

カテゴリ

評論

内容紹介

今や社会現象となっているAKB、そのファンの熱狂ぶりばかりが取り上げられているが、それと同じくアンチAKBも根強く存在していると同時に、AKBファン以外の国民の多くはAKB現象を多かれ少なかれ冷ややかな目で見ている。そのような国民の多くに向けた今だかつてない切り口でのAKBへの論評(ぜひ、目次案をご覧ください)であり、日頃、冷やかな目線の中で窮屈な思いをしているAKBファンへの応援の書。

目次案・語りたい項目

はじめに・目次

<はじめに>
<目次>


第1章 天皇、プロレス、アイドル 共通する特異な点は何か


1<天皇、プロレス、アイドル 共通する特異な点は何か>

2<天皇、プロレス、AKBが攻撃される理由>

3<「プロレス、AKBのファンは虚像を見ている」と見下す者こそが虚像を見ている。ファンが見ているのは実像>

4<アイドル、プロレスファンこそ現実を直視している人間>

5<天皇を存続させた日本人のメンタリティが日本のプロレス、アイドル、AKBを生んだ>


第2章 アンチには理解できるわけのないAKB総選挙の面白さ


6<AKBの核・劇場公演とは?>

7<アンチには理解できるわけのないAKB総選挙の面白さ>

8<AKB総選挙批判に対して  遊びに貴賎がつけられている不可解さ>

9<AKB総選挙批判は、ジョーシキに染まっている人間が浮き彫りになる>

10<なぜAKBがことさら攻撃されるのか、その理由>

11<根っからの“ジョーシキ”嫌いにとっては、AKBは「買い」>


第3章 プロレス、AKBこそ「リアル」 スポーツこそファンタジー


12<プロレス、AKBこそ「リアル」 スポーツこそファンタジー>

13<格闘技のリアリティ>

14<リアリティなら、“真剣勝負”の格闘技よりプロレスの方が上>

15<アイドルこそは最もリアリティある世界>

16<リアルとリアリティの違い>

17<人間はみなプロレスラー、アイドル。人生はプロレス>

18<虚実が入り混じっているプロレスとアイドル、そして人生>


第4章 自分にない“人間”がほしい だからプロレス、AKB、ご皇室


19<ファンが支えているプロレス、AKB。国民が推し戴いている天皇>

20<国旗、サイリウム、掛け声…人間を推し戴く表現手段>

21<天皇、プロレスラー、アイドルは「上」でなくてはいけない>

22<自分にない“人間”がほしい だからプロレス、AKB、ご皇室>

23<「人間」を観るジャンル>

24<「いかがわしさ」には「いかがわしさ」を>


第5章 プロレスとAKBこそ人間の色気が最も見られる


25<AKBの歌のベースは 色即是空 >

26<AKBの楽曲の世界>

27<“AKB顔”>

28<少女達の大人数集団の独特の魅力>

29<共同体と個人競争の社会>

30<プロレスとAKBこそ人間の色気が最も見られる>

31<物語の流れ、歴史、記憶の蓄積があってこその、AKB、プロレス、皇室>

32<登場シーンに集約されるプロレス、AKBの魅力>

33<サプライズは人間ドラマの花形>

34<共同幻想>

35〈偏見が熱気、パワーを生んでいる〉

36<「商売」が嫌いなアンチ達>


第6章 松本人志の笑いはノンフィクションテイスト=プロレス、AKB


37<松本人志の笑いはノンフィクションテイスト=プロレス、AKB  たけしの笑いはスポーツ>

38<ノンフィクションテイスト プロレス=虚数という概念>

39<バナナはリンゴか? この世に「嘘」はない>


第7章 フワフワしたものが嫌い、だからAKBが好き


40<嘘でも本当……華やかな虚構の世界を成り立たせるために流されている本物の汗>

41<AKBの尋常じゃない汗の量>

42<アイドル、プロレスラーの「実力」>

43<フワフワしたものが嫌い、だからAKBが好き>


第8章 AKB握手会とは何か? ファンとメンバーの1回10秒のプロレス


44<参加するという行為  皇居一般参賀、AKB握手会、プロレス地方興行の風景>

45<AKB握手会の笑顔を「営業」と見下す者は、人間そのものを見下している>

46<推しメンとファンのプロレス>

47<乃木坂46>

48<「ガチ」か「嘘」でしか捉えられない無粋人間>


第9章 プロレスやアイドルの「嘘」にキレる人間は、世の中の本当の嘘に騙される


49<既成概念でしか物事を捉えられない人々>

50<ジャンルそのものを見下す愚かさ>

51<プロレスやAKBを見下す類の人間は、切り捨て御免の侍>

52<軽薄、非実力、キモイの代名詞として使われている「AKB」というデジタル記号>

53<アンチプロレス・アンチAKBは、見ている世界と同じ色に染まるカメレオン>

54<プロレスやアイドルの「嘘」にキレる人間は、世の中の本当の嘘に騙される>

55<真正面から見る目がそのジャンルを育てる プロレス、アイドルの進化 皇室を学ぶ必要性>

56<皇室、プロレス、アイドルを愛する者は物事に意識的な関わりをする文化人>

57<指原スキャンダルに見る、理想のファン像>


終わりに、参考文献、奥付

<終わりに>

<参考文献>


なお、本書は電子書籍サイトPabooにて同名タイトルで全文を無料で公開しています。http://p.booklog.jp/book/53632 
(※電子書籍パブー利用規約の17条に「本サービスを利用して投稿されたテキスト・画像等の著作権は、当該テキスト・画像等を創作した者に帰属します。」とあり、さらに念の為問い合わせたところ、当サイトで公開した作品を紙の書籍として出版することは問題ありません、という回答をいただいております。)

書き出しの第1章

<はじめに>

「AKBとかって全然興味ない。AKBみたいな小娘達に比べたら、元おにゃんこのおばさん達のほうが全然いいわ!(笑)」

かつて、自分が何人もの友人に吹聴していたセリフである。

こんなことを言いながら、この頃自分はAKBのメンバーなど誰1人として知らなかった。

ここでは、単に「自分は年端もいかないアイドルに興味はない」ということを言いたいがための、そのようなアイドルの代表として使っていただけ。

と、同時に、この頃(AKBにハマる前の自分)の自分も含め、「AKB?誰が誰か全然分からん。興味ない。」と多くの人が言う言葉には、

・ 俺は流行にひっかかからない人間だ

・ 俺は少なくとも気持ち悪いオタクとは違う。

・ 俺は少なくとも軽薄なアイドル集団を好きというような軽薄な男ではない。


自分はアンチ、ということでもなく、本当に前田敦子すら知らなかった全くの無関心層だったし、ろくに知らない物事を世間のイメージに沿って、自分なりに知ろうともせずに批判するのは嫌いなので、批判を口にしてことはなかったが、気持ちの中…無意識的には、そんな気持ちも込められていたと思う。

世間が抱いているAKBへのイメージは

・ 誰が誰だかも分からない、実力もない、人数が多くいるだけのアイドル集団。
・ 秋葉原発の、気持ち悪いオタクのアイドル
・ 「会いにいけるアイドル」=きもいオタクへのファンサービス

(こういうイメージがいかにただのイメージであったかということが、AKBのことを知れば知るほど分かるが、大衆とはいかにろくに知らずにイメージだけで物事を判断するものかということも、今ではよく分かる。)

そんな自分がAKBにハマりだして、このような本を書くにまで至ったきっかけは、AKBがすでに1年以上前から「国民的アイドル」と言われるようになっていた2011年1月の引越しで、CS放送が見られるようになり、音楽専門チャンネルをつけっ放しにすることが多くなったこと。

そこから流れるAKBの楽曲の良さ、そしてミュージックビデオの完成度の高さに徐々に惹きつけられるようになり、あとは、元来の「興味を持ちだしたらとことん」という性格によって、頭の中がAKB一色という時期を迎えるまであっという間だった。

それまでの37年間の人生でアイドルにハマったことはなかったため、アイドル道楽というものがこんなに楽しいものと初めて知った。

そして、すぐに気付いた。

「アイドルって…特にAKBって、プロレスじゃん!」

自分は小学生のころからプロレスヲタク歴30年以上。
学生の頃は週1のペースで生観戦し、学生プロレスなるものまでやっていた。

そんな自分が、まず感覚的にAKB=プロレスと感じ、なぜそう感じるのか考えていくうちに、そこに=天皇、皇室の存在も浮かび上がってきた。

そして、AKB好きを公言していくうち、プロレスと同じ目にあうことにすぐ気付いた。

軽蔑、蔑視。

通常、人の趣味嗜好を聞いてそれを面と向かってバカにするということは、まともな大人のすることではないと思うし、実際にそうしている人間は少ないと思うのだが、プロレス、そしてAKBに関しては、そのような大人の良識は適用解除され、バカにしていいことという免罪符を得ているようだ。

とにかく、世間のAKBへの偏見は、バッシングはひどい。
 劇場公演を映像ですらまともに見たこともないような人間から、AKBとそのファンは軽薄、きもい…という事が前提として全てが語られている。
 そのイメージを世間の大多数が共有していてくれるはずだから大丈夫!という安心感を拠り所に、自分の感性でものを見ない、自分の頭でものを考えない人間でも、いっぱしの「流行りもの批判」ができて、自分は流行に流されない、物事を批判的・本質的に見てんだ、という気分に浸れる格好の材料として、「AKB」という記号が存在している。
 AKBの芸は未熟で、プロデューサーの秋元康は、若い女の子を使って、阿呆なファンを騙して金儲けしてる極悪人…ろくに実態を見てもいない誰も彼もがこのイメージに沿って、ほとんど判で押したように同じような言葉でAKBを見下している。彼らは、AKBを応援しているファンは、流行、イメージに流されやすい阿呆で、自分達はそれより上に立つ人間、と思っているのだろうが、真逆で、そういう人間こそが昔ながらのアイドルイメージのままAKBを見て、世間で言われているAKBイメージをそのままオウムのように唱えて、批判とすら呼べないような品性、知性のカケラもないバッシングをしている…彼らアンチこそが「イメージ」に、「世間」に流されやすい人間。


子供の頃から、世間で八百長だクソだと言われるプロレスを1番好きな趣味に持ったことで、「世間」を「闘わなければいけないもの」という感覚で捉え、「ジョーシキ」に執着する人間を軽蔑し、「フツー」という生き方を否定するようになるなど、プロレス…というより、「世間がプロレスを見る目」に人格形成に多大な影響を受けて育った自分。

以降、長じてはベジタリアン(かなりゆるいが)になり、ボディビルに興味があり、2011年、37歳にしてAKBヲタになり…どれもこれも世間からの偏見の目が強いものばかりで(笑)(格闘技観戦と練習、読書という「まともな」趣味もあるが)もはや世間からの偏見がないジャンルなど物足りない感じさえする今日この頃(笑) 

この本は、そのような世間への、自分からの宣戦布告書であり、同時にAKBとプロレスへのラブレターでもある。



第1章 天皇、プロレス、アイドル 共通する特異な点は何か


1<天皇、プロレス、アイドル 共通する特異な点は何か>


 プロレス、アイドルというジャンルに共通する特異な点は何か。
他のショーは、あくまで表舞台は表舞台、演者はそこを降りれば1人の人間、という当たり前のことを演者側も見る側も当然の共通認識として持っている。

 プロレスは違う。
 勝敗を競っている、というのはショーの建前であるのだが、プロレスはショーの時間以外でも365日24時間、あくまでその建前を崩さない。
 つまり、メディアの取材にレスラーが「いや~、この前の試合のフィニッシュのとこ、ほんとはこういう流れだったんだけど、1つ技失敗してアドリブでああいう流れになりました」などど語ることはない、ということだ。(*1)

 リング外でレスラーが語る言葉はあくまで「この前の試合の借りは必ず返すぞ、おぼえとけテメエ!」…つまりプロレスは、リングを降りて、社会全体に対して24時間365日プロレスをやっている。

 これが、俳優ならばドラマの敵役に対して、インタビューで「あのヤロー…」云々と語ることはない。

 歌手が不倫の恋の歌を歌って、実生活でその歌手が円満夫婦生活を送っていてもそれを「嘘だ」と責める人はいない。

 アイドルは違う。
 表舞台で歌やダンスを見て楽しむ、だけではなく、ファンはアイドルをやっている人間そのものに幻想を抱く。

 他のショーでは、建前の部分(「キャラクター」)と、生身の人間の部分が、当然分けて考えられているのに、プロレスラーとアイドルは、キャラクターでもなく、生身の人間でもなく……いや、キャラクターであり生身の人間である「プロレスラー」であり、「アイドル」なのだ。

 プロレスを見る側はそこに展開されているものを、建前であることを分かりながら、そこにどっぷりはまる。(*2)
 プロレス会場だけではない。
 世間一般には、プロレス=ショーというものは一般常識として定着されているにも関わらず、プロレスラーが一般のテレビ番組に出演した際には、そこに関わる他のタレント達は、プロレスを建前通りに扱う。

 プロレスファンは、建前通りに扱うより一歩進んで、プロレスという空間を支える「観客」という役割を進んで担う。
 歓声をあげ、カウント2.9の攻防にどよめき、勝った側負けた側に、それに相ふさわしい声援を送る。

 アイドルフリーク達も、そこにいるのは1人の生身の人間であることを認識しながら、声援を送る。
 曲の合間に、それぞれのグループ、歌に対して決まった掛け声をあげるところなど、まさに、「アイドル」という幻想空間の中で、ファン達自身が「ファン」という役割を進んで担っている象徴である。

 そこで、さらにこの2つのジャンルを奥深いものにさせているのが、見せる側が建前と生身の2つが混然一体となった人間だとしたら、それを見る側も、建前には生身があるという事を認識している自分(1)と、それを分かっていながらも建前のままに楽しむ自分(2)が混然一体となっている、ということだ。
分かりやすく言うと、(1)は冷静に分析しながら見る(2)は、建前をそのまま受け取り熱狂する、その2つが一体となって見ているのがプロレスファンであり、アイドルファン…本著の主眼であるAKBファン。

 プロレスとアイドルにハマッたことがない人にはいまいち分かりにくいかもしれない。
 映画を見ながら、人はそれが作り話と分かりながら、映画マニアなどはいろいろ分析しながら、恋愛映画にはキュンキュンし、アクション映画で悪者がやられるシーンにスカッとし、ホラー映画で悲鳴をあげる。
 事実として「嘘」「本当」はあっても、目の前で起こっていることには脳では嘘も本当も同じなのだ。
「分かっていながら・分析しながら、興奮する」ことは、映画その他でも同じ、特別なことではないが、プロレスとアイドルを一層深くしているのが、さきに述べたように、この「建前」が、オンとオフの区別なく「人間」そのものに建てられているということ。

 プロレスとアイドルのこのような点を特異なものと表現したが、他のジャンルに比べれば、である。
 つまり何がいいたいかと言うと、他のジャンルに比べるから特異なのであって、これを我々の人生そのものに比べると、特異でもなんでもない。というより、人生そのものだ。

 皆誰も、1人の、肩書も何もない「生身の人間」であることがまず第一にありながら、「課長」「先生」「お母さん」「○○君の恋人」「店員」「客」を、その時々の相手に応じて使いわけている。

 そして、それを受け取る側も、課長が、課長である以前に○×という1人の男であることを知っている。
 △△先生が、偉そうなことは言っていても、エロいことも考える1人の人間であることを知っている。
 恋人関係などもそう。
 お互いがお互いの役割を演じながら、お互いの幻想を守っている。

 プロレスを「嘘」と表現する人は、ふだんはバカやったりしながらも、生徒の前では教育者としての威厳を持って熱心に指導する先生も、「嘘」と思うのだろうか?
 アイドルが、握手会に来てくれたファンに対して笑顔で応じるのを「営業スマイル」という人にとっては、旅館の女将が心から客をもてなす態度もやはり「営業スマイル」であると考えるのだろうか?

 日本人にとって天皇陛下は天皇陛下である。
 昭和天皇とか、大正天皇という尊称は御隠れあそばした後につけられたもので、今上の天皇陛下には、現在で言えば明仁という御名があるが、通常、国民が陛下のことを言う場合、「天皇陛下」である。
 他国ではその地位にあらせられる時から「エリザベス女王」であり、「○○国王」だろう。
 つまり、もう一度書くが、日本人にとって「天皇陛下」は「天皇陛下」である。
ある特定の個人ではなく、「天皇陛下」をおしいただき、敬愛しているのだ。
 しかし、さりながら・同時に、まぎれもなく、天皇は1人の人間として存在し、国民も「天皇陛下」と言う場合、今上の陛下のご尊顔を頭に浮かべている。
先に、プロレスラーとアイドルの、他に比類なき特性についての説明を読んだ読者はもうお気づきだろう。

「建前」と「生身」が渾身一体となって、見る人に勇気や元気を与える存在。

 天皇陛下とプロレスラー、アイドルを一緒にするとは何事か、と怒る人もいるかもしれないが、もちろん、一緒なわけではない。

 天皇陛下をおしいただき、敬愛している日本人のメンタリティの素晴らしさが、プロレスが他に比類なきジャンルとしてここまで根付き、AKB48という新しいコンセプトのアイドルを「国民的アイドル」と言われるまでに成長させた、という1つの見方を提供したいのだ。

 天皇陛下を敬愛する日本人の心はどういうものなのだろうか。
 人間ではない神様、という敬愛のしかたではないと思う。(そういう人もいるだろうけど)
 この国を支配している人間=王様、ではもちろんない。
 どこまでも血の通われた1人の人間でありながら、いや、であるからこそ、そして、国民の幸せをなんでも叶えてくれる万能の神、超能力者ではなく、大自然の前で、宇宙の下では自分達と同じ無力で弱い1人の人間が、常に我々の安寧と幸せを祈っている生身の御姿に敬愛の念を抱くのだ。
 天皇陛下という役割を担っていただいていることに感謝し、推し戴いている。

昔、「私、プロレスの味方です」の著者・村松具視氏が

「タイガーマスク=誰々(1人の人間)」と認識しながら、しかし、タイガーマスクとして声援を送る少年ファン達は一種の天才ではないだろうか」

というような事を書いていた。(※3)

 天皇陛下をおしいただき、敬愛するメンタリティは、これに通じるものがあると思う。

 アイドルも同様。

キーワードは「生身の人間であり、同時に○○」
「自分達がその存在を支えている、推し戴いている」


* 1 最近のプロレスは例外も出ている。顕著な例は、世界最大のプロレス団体「WWE」が、試合の打ち合わせ映像も含むドキュメンタリー映画を公表していたり、団体名も、以前の「ワールドレスリングフェデレーション」から「ワールドレスリングエンターテイメント」にし、ジャンルそのものも以前の「プロフェッショナルレスリング」から「スポーツエンターテイメント」にしたりしている。日本でも、建前は崩さないながらも興行のことを「大会」ではなく「ショー」と呼んだり、DDTのようにエンターテイメント色を前面に押し出している団体もある。
  レスラー全体としてはあくまで建前は守っているが、昔に比べると、本音に近いところを語るようになっているレスラーは多い。

* 2 プロレスファンには、建前を分かってみているファンとそうでないファンがいる。その割合は分からないが、1つだけ確実に言えることは、昔に比べれば分かってみているファンは急増していることである。何のデータもないが、著者の感触では、今は半分以上のファンは分かって見ている。コアなファンほど分かって見ている割合は高い。

※3 正確な文章は忘れた。こういう場合、人の言葉を引用するからには調べたうえ   で正確に再現すべきだろうが、少年時代、四半世紀ほど前に氏の言葉を読んで結果的にこういう言葉になって自分の頭に残った、ということが重要であり、その言葉を書かせてもらう。これもまたプロレス的である。





応募者紹介

高橋 慶介さん

昭和49年生まれの39歳。石川県出身。職歴多々。プロレスヲタク歴30年。AKBヲタク歴3年。2011年3月頃、突如としてAKB48にハマり始め、その本質がプロレスと同じである事に気付く。東京都北区在住。

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