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HOME > ジセダイ編集部 > エディターズダイアリー > 夜型ナルシストとの決別宣言!

エディターズダイアリー

夜型ナルシストとの決別宣言!

柿内芳文
2012年01月30日 更新

ぼくは完璧に夜行性です。

もともとは、小学校低学年の頃から自分の部屋とテレビを与えられていたのが原因でしょう。

小学生の頃から毎晩『EXテレビ』(上岡龍太郎司会の深夜番組)を観ていました。

10歳上と8歳上の兄がいるので、けっこうマセていました。

バブルを「兄とテレビを通して体感」したのも良い思い出です。

ガキなのに「ティファニーのオープンハート」や「カルティエの三連リング」、「ホテルは赤プリ」などという、どうでもいいバブリー情報を蓄えていました。

兄の部屋には肩パット入りの紫のスーツがあったりして(当然、made in italy)……。

兄の部屋に散らばっている『ポパイ』と『ホットドックプレス』にも、多大なる影響を受けましたね。

食い入るように読んでいました。

インターネットがない時代、「兄」と「テレビ」が情報源のすべてだったのです。

 

テレビといえば、『カノッサの屈辱』(小山薫堂の伝説的深夜番組)、

『レボリューションNo.8』(モーリー・ロバートソンと千葉麗子!が司会)、

『高城剛X』(この番組の影響でパソコンを買うことにしました)など、

深夜番組がぼくの人生に与えた影響は大きいですね。

特に、フジテレビの『46億年の100大ニュース』という番組がなければ、

ぼくは編集者にはならなかったかもしれない。

46億年前から放送日(1992年12月24日)当日までに起きた出来事のなかから、

人類に与えた影響が大きいものを100個選んでニュースとして紹介する内容でしたが(某動画サイトにアップされているようですが)、

なんとこれ、深夜で5時間ぶっ続けの番組だったのです!

(バブル時代だからできたのでしょう。めちゃくちゃお金もかかっています)

果てしなく知的好奇心を刺激するので、自分の部屋で毛布をかぶりながら食い入るように視聴して、

その日は興奮のあまり眠れなかったことをよく覚えています。

「世界は広いし、人生って面白いなあ――」

そう思えるようになったのは、この番組のおかげでもあります。

本当にありがとう。

 

このように、小中高時代は深夜番組(高校では主に深夜ラジオ)、

そして大学に入ってからはインターネット(親に借金して、18歳の4月に秋葉原にて30万で買いました)のおかげで、夜型から抜け出せない人生を歩んでまいりましたが、

30歳を越えて、体力や集中力等が20代に比べて衰えてきたことと、

仕事量が半端ない状況になって「選択することと集中することに全力を傾けないと、人生を損なう」という思いから、いよいよ今年から朝型にシフトすることにしました。

仕事も大事ですが、仕事以外のことも当然大事です。あたりまえです。

「そこの認識をごまかす輩は、生涯地を這う」

ライフワークバランスという言葉は大嫌いですが、

自分のあり方をごまかすこと(納得できない価値観に無理矢理合わせたりする等)はもっと嫌いです。

まあ、のんびりとまったり、頑張るところは死ぬ気で頑張って、抜くところは抜いて、

生きていきたいですね(それができないタチだから、こうやって書いて再認識しようとしているのですが……)。

 

さて、夜型の最大の欠点は「しめきりがないこと」だと思います。

寝ることを「先送り」することで、「仕事」や「やるべきこと」さえもずるずると「先送り」してしまう。

集中すればすぐに終わることも、寝るまでに終わらせればいいやと、ダラダラやってしまう。

ロスタイムが自分で設定できると、「勘違い」してしまう。

時間をかけてやったことはすごいことだと、「言い訳」してしまう。

たしかに夜中の全能感や集中力はすごいですよ。ぼくも含めて、夜型の人は必ず言います。

ただ、そうやって先送りしたツケは、つぎの日にすぐにやってきます。

20代のころはまだよかった。体力でごまかすことができた。でも30代になるとダメです。

体はもっても、心がもちません。心がもっても、体がもちません。

自分のことはごまかせないのです(ぼくはスーパーマンじゃないし、スーパーマンになりたくもない)。

前日に夜型ターボのおかげで180%の力を出せても、つぎの日は30%〜50%の稼働。

これじゃあ、意味がないのです。

それよりも、毎日120%の力を出す「方法」を考え、地道に「実行」するほうが遥かに難しく、

意味があることだと思っています。

 

自戒もこめて言いますが、毎晩夜中まで仕事をしている人は、

①本当に仕事量が半端ないか

②単に仕事のスタート時間が遅い(昼出勤とか)か

③だらだらと仕事をしているだけ(つまり「仕事をしたつもり」)か

のどれかです(この3つがミックスしていることがほとんどですが)。

 

①の場合、「俺はすげー頑張ってる、お前らも頑張れよ」と言いがちですが、ぼくはそれに対して懐疑的です。

そうせざるをえないような状況に陥ってしまっていて、

その「仕組み」自体を変えることを怠けているだけじゃないでしょうか。

「努力」でカバーしなくちゃいけないのは、そもそもの「システム」がおかしいからだと思います。

24時間営業にしなくては生き残れないスーパーは、

量でしか(+中途半端な質でしか)価値を提供できていないからであって、コモディティ化は免れません。

商売の質と量、そしてそれに現場で対応する「人間(人材)」の適正配分。

ここをよく考える必要があるでしょう。

 

ぼくは本当に思うのですが、「量でごまかさないとにっちもさっちもいかない」のであれば、

まず、量でごまかさないレベルに質を高めることが必要で、

ただ「質を高める」には、現場の人間が疲弊せずに中長期でじっくり考える(「顧客に何を提供すべきか」「どういう思想やシステムをつくるべきか」などをうんうん悩む)ことができる環境を作ることも大事で、

それが昨今の経済・経営事情だと実現しづらくなっていて、

ああ矛盾だ、どうしよう、となってしまっているわけで、

なかなか難しい問題がありますね。

 

出版業界でいえば、ずっと言われ続けている「出版点数でごまかす自転車操業」問題があります。

「そこからどう抜け出すか」はたしかに難しい問題なのですが、

ぼくらの世代は真剣に考えなければいけません。

でないと、10年後もこのまま、

いや、もっと近視眼的な視点でしか行動できない(せざるをえない)状況に陥ってしまうでしょう。

出版が「目的」になったら、編集者をやっている意味などないでしょう。

カネを稼ぎたいなら、別の仕事をやったほうが遥かに「効率的」です。

 

この問題に関しては、昨年からうんうん悩むことでひとつの「答え」が見えつつあるのですが、

まだまだ実行へは移せない(機が熟していない)状況です。

とはいえ、機なんて待っていたら死ぬまで一歩も動けないのも確かなので、

まずは「できる範囲」の「ミニマム」なところからスタートしていきたいと思っています。

星海社新書の将来像ともかかわってくることですが、

このへんのことに関しては、絶賛編集中の2月刊『21世紀の薩長同盟を結べ』に根本思想が書かれています。

 

この本は、とにかくエネルギーの塊みたいな本です。

死ぬほど文字量が多くて(42文字×17行×400ページ=980円)、

編集者視点で「こんなに文字量が多いと圧迫感がすごくて、誰も手に取ってくれないかも」などと思いましたが、いま、ここまで「厚い(そして熱い!)」本もなかなかないので、

逆に読みやすさなんかを無視した「そのぎっしり感」「熱の入れよう」を全面に出そうと思っています。

確実に、あなたの心の奥底に眠っている「火種」に着火してしまう1冊となっています。

薩長同盟といっても、江戸時代の話ではありませんよ。

いま、うんうん悩んでいるあなたのための本であり、ぼくのための本でもあります。

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ご期待くださいね! 

星海社新書 初代編集長

柿内芳文

さおだけの1発屋じゃ終われない

柿内芳文

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星海社新書OB。
新卒で光文社に入社し、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』『99.9%は仮説』『若者はなぜ3年で辞めるのか?』『非属の才能』(すべて光文社新書)など、自分と同世代以下に向けて、メッセージ性が強く、かつ読みやすさにとことんこだわった本を作り続ける。2010年春に杉原幹之助・太田克史の両氏と出会い、「星海社で共に戦おう」と誘われ、3カ月悩んだ末に移籍を決断。星海社でも「新書」をベースキャンプとしながら、出版界の「高み」への登攀を目指す。新書編集歴9年の新書バカ。新書こそがノンフィクションの完成形であると信じて疑わない。尊敬する編集者は、戦後最大の出版プロデューサー・神吉晴夫。好きな言葉は、「俺は有名人と称する男のおこぼれは頂かぬ、むしろ無名の人を有名に仕あげて見せる」(神吉晴夫『カッパ大将』より)。

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